小杉事案は、持ち家のリスクを晒した典型事案

小杉のタワーマンション、断水停電となっているのは10棟ほどあるうちの一部ではあるが、武蔵小杉、武蔵小杉と連日結構報道されてしまっているため、全体として風評被害を受けてしまっていることは間違いないだろう。

地震に備え、停電にも備えていたのに、水でやられるとは、しかも、多くの人が誤解しているが多摩川の氾濫ではない。川に近かったことが原因では必ずしもないのに、なんとなくの思い込みになっている。実際の原因究明はこれからだろうが、本当の原因が出るころには世間の人は次の話題に行っており、武蔵小杉には「災害に弱く、林立するタワマンはとても住む所じゃない」というイメージだけが残るような気がする。

まあ、今回報道されているように、あそこに住むセレブの「一部」(全員ではない)は、さっそく向かいのホテルに避難生活してたりする。その先には売却、住み替えも視野に入れているのではないかと思われる。東京五輪を前に、不動産価格が足踏みし始めたが、売りが殺到すると暴落は必須だ。交通至便の駅近タワマンは、値崩れしない安全資産だなんて誰がいったんだろう。この状況で、自然災害リスクのあるエリアに好んで住む人はゼロではないにしても、激減は間違いないだろう。住みたいまちランキングも来年は30位以下とかが予想される。

著書でも言ってることだが、私に言わせれば、家賃は「住宅への支出に関して大損しない保険料」。一定の支出は確定するが、予想外に損失が拡大する不安定さはない。一方、持ち家は、もしかしたら借家(家賃)より安く得するかもしれないし、逆に借家より損することもないとはいえない。損する場合、大損となるリスクもないではない。投資風に言えば、少なくともローリスクハイリターンのお金の使い方とは思えない。むしろ、借家より得するとしてもわずかで、損した時の大きさは計り知れない。まさにハイリスクローリターンだ。だから、持ち家はお勧めできないのだ。

3.11を思い起こす台風15号の停電被害

 千葉県の台風被害による停電がひどいことになっていた。首都圏民にとっては、3.11の計画停電以来の大規模停電である。しかも3.11のような短時間の計画・輪番停電ではなく、一週間以上の継続停電。悪いことに残暑の中、冷蔵庫や空調が使えないことのダメージは計り知れないものだった。ただ、停電被害と言うと、まずそっちにみんな目が行きがちだが、実はエレベーターが使えないこともマンション住民には大きな影響を与える。停電が「当たり前」ではないわが国では、みなこの点が意識の外に置かれやすい。そこは要注意だ。

 榊淳司氏などが展開するタワーマンション悲観論に私が一番賛同するのが、タワマンのいざというときの生活脆弱性の面である。停電が来たら、タワマン生活なんて拷問以外の何物でもない。私は今賃貸マンション生活だが、普段はエレベータ―に乗るものの、最悪歩いてもいいという高さには住んでいる。これは防災の観点から最低条件だと思う。そうでなければ自宅が無事なのに近隣の小学校体育館で避難所生活を余儀なくされる。

 しかしそれは行政は想定しているだろうか?武蔵小杉や東京ベイエリアのタワマン街でタワマン住民が「自宅は無事だが上がれない」という理由で一斉に避難所に押しかけてきたら、間違いなくパンクする。そもそも地元町内会に入っていないくせに、と揉めることも必至だろう(ご存じない方も多いだろうが、あの手の避難所は行政は運営支援はするが、実際の運営は町内会が行っている)。下手をすると拒絶されるのではないだろうか?

 また、3.11のとき、東北の津波・原発被害があまりに深刻だったためスルーされてしまったのが、やはり千葉県浦安市の液状化被害。各分譲物件がどの程度持ち出しで補修したのかは定かではないが、もうこんなところに住みたくないと思ったときの資産価値低迷リスクを考えると(風評被害を含めて)ぞっとする。

 ちなみに、武蔵小杉のタワマンに住んでいる人からあとから聞いたが、タワマン特有の薄壁のせいなのか、壁に損傷がありマンション全体で補修をしたそうだ。個人的に聞いた話だが、資産価値減少を恐れて公にはしていないっぽい。クロスの張替も当然あったので、住みながらのリフォームということで、生活面でも影響が大きかったらしい。

 こうしてみると、地震国・風水害国日本で、災害で毀損しうる高額財産を持つなんて、リスクが高すぎるのだ。家賃なんて保険料と割り切れば、安いものではないだろうか。

想定外の災害損失

 先日の台風15号は、千葉県の被害がずっとクローズアップされているが、首都圏は各地それなりに被害を受けた。私が知っている神奈川県の某大規模物件は、敷地を取り囲む一万本近い植栽(緑)が自慢だったのだが、倒木がかなり出たという。今はとりあえず安全管理上の応急処置(伐採、抜根)だけして、最終的な処理は理事会に諮って処理業者を決めることになったのだそうだ。

 そもそも植栽としての樹木一本一本は、転売できるわけではないのでそこに資産価値(の損失)を見出すかどうかはともかく、伐採、抜根、整地、場合によっては植え替えまでするとなれば、作業規模にもよるが (高所作業が必要になると高額) 数百万円の想定外支出となる。

 もちろん、いきなり管理費や修繕積立金を値上げせねば、ほどの影響はないだろう。しかし1戸当たり数千円レベルの予期せぬ負担が発生していることはまちがいない。要は少しずつ、災害復旧のために予定外に貯金が食いつぶされているということなのだ。 その結果、当初の長期修繕計画に狂いが生じてくる可能性がないとはいえない。

 そんなことが、10年に1回ぐらい起きるかもしれないのが持ち家だということは忘れないほうがいい。

ざっくり計算の実例

 世の中には、絶対持ち家派ということではなく、賃貸を勧める優れた啓発記事もある。

https://president.jp/articles/-/23760

 だが、この記事の中での持ち家賃貸支出額比較でも、やはり持ち家の支出計算は荒っぽすぎる。持ち家に30年住んで、既定の管理費・修繕積立費以外に持ち出しのお金が発生しないとでも思っているのだろうか。修繕積立費は、あくまでマンション共用部分の修繕費の積み立てである。専有部分を30年使って、修繕がゼロで済むことはまれだ。一番大きいのはガス給湯設備。一般的に寿命(交換推奨時期)は10年程度とされるので、30年なら2度は変えるべきだろう(1回当たり安くても40万程度はかかる)。また今は家庭でも付けるのが当然となったシャワートイレも同様(こっちは1回10万円はしないだろう)。

 このほか、賃貸マンションならついている(設置・維持費用は家主負担)エアコンも省エネ性能面で10~15年程度で交換するのが普通。そう考えていくと、持ち家では、賃貸物件ではかからない維持費が10年で100万円くらい平気でかかってしまうのだ。

 しかし、ほとんどの持ち家・賃貸比較では、持ち家コストとしてこの点が組み込まれていない。その理由はなぜかと考えたとき、まず思いつくのは、「はっきりしないから組み込めない」ということに尽きる。家賃や更新料の発生は、値上げがない限りだいたい想定できるが、修繕はいつ発生するかわからないからだ。でもだからといって数字を見込まないのは行き過ぎている。保守的な予想で、災害などによる専有部分の損傷を含め、持ち家では、共用部分の修繕積立金負担のほかに、専有部分の維持費として年10万円くらいの支出は見込んでおくべきなのである。

持ち家派・賃貸派の損得計算の愚かさ

 マンション販売の営業トークに、持ち家のほうが得ですよ(家賃は消えるだけだけど、ローンは資産になり残る)というのがある。それ自体は正しいけど、そこだけ見て損得を考えちゃうのは、難しいことを考えたくない思考停止以外の何物でもない。まあ、販売業者にしてみれば、余計なことを考えさせたくないだけなんだよね。

 本来、持ち家と賃貸のどちらが得かを本当に考えるなら、両者のお金の出入りを正確に計算して勝敗を決めるべきなのだけど、ほとんどの場合、繰り返しになるが家賃は戻ってこない、でもローンは資産になって後で金に換えられるみたいな比較しかしない。持ち家には税金や管理費など「隠れ家賃」があることも考えていない。

 もちろん、そこまで考えたとしても、いちおう持ち家のほうが得だ、という計算は確かに成り立ちはする。しかしそこには実は大きなカラクリがある。すべてのことが計算通りに行けばね、ということだ。そして、その計算とは何かっていうと、簡単に言うとさまざまな将来(自分の未来の人生や社会経済状況)予測のことだ。つまり、すべてのことが計算(予想)通り(しかもかなり楽観的)にうまくいったとすれば確かに、持ち家のほうが得しますよ、てことなんだな。

 でもさ、物理学や経済学なんかでもそうだけど、実際の運動や経済の動きが理論的な計算通りに行くことなんてない。不動産の損得だって同じで、その計算(アテ)が外れれば、持ち家がお得ですのそろばん勘定なんて砕け散ってしまうんだけど、そう考える人は少ない。

 このサイトでは、賃貸って必ずしも損じゃないよ、ってことを、様々な観点からいろいろ説明していくわけだが、まずはじめにとりあえず持ち家vs.賃貸の損得を考える上での計算要素(リスク要因)を簡単に挙げてみることにする。今後の記事では、それら一つひとつを分析していくことにしたい。

  • ①災害(持ち家毀損)リスク
  • ②新築時施工不良(中古物件なら瑕疵)リスク
  • ③資産価値低迷(高値掴み)リスク
  • ④資産価値低迷(心理的瑕疵)リスク
  • ⑤資産価値低下(経年起因)リスク
  • ⑥居住コスト増加(経年起因)リスク
  • ⑦家族・周辺付き合いリスク